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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3867号 判決 1992年6月29日

原告

株式会社今川

右代表者代表取締役

今川秀雄

原告

三京株式会社

右代表者代表取締役

向山政明

右両名訴訟代理人弁護士

松田武

伊藤真

被告

牧恭男

右訴訟代理人弁護士

袴田弘

被告

藤江きよ子

右訴訟代理人弁護士

内藤隆

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告株式会社今川(以下「原告今川」という。)に対し、各自金七四〇万円及びこれに対する被告牧恭男(以下「被告牧」という。)については平成元年四月二二日から、被告藤江きよ子(以下「被告藤江」という。)については平成元年四月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告三京株式会社(以下「原告三京」という。)に対し、各自金二四二〇万三八一〇円及びこれに対する被告牧については平成元年四月二二日から、被告藤江については平成元年四月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告牧は、昭和六三年一一月二五日に退任するまで、衣料問屋である株式会社マッコール(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であったものである。

2  被告藤江は、昭和六三年九月一〇日に退任するまで、訴外会社の取締役であったものである。

3(一)  被告牧は、訴外会社の代表者として、訴外会社に代金支払の見込みがないにもかかわらず、原告今川から、昭和六三年八月一日から同年一〇月二二日までの間に、別表二記載のとおり、合計金一一七五万七〇〇〇円の商品を買い入れ、この内、金七四〇万円の商品代金を支払うことができなくなり、同額の損害を原告今川に与えた。

(二)  被告牧及び被告藤江は、遅くとも昭和六三年九月一〇日までには訴外会社に支払能力がないことを知りながら、原告今川に商品の納入を継続せしめるために、(一)記載の商品の売買代金の決済のために、

(1) 同年九月一二日、左記の約束手形を、原告今川に交付したが、右約束手形が平成元年一月三一日に資金不足のために不渡となったことから、原告今川は、同額の損害を被った。

額面 五〇〇万円

振出日 昭和六三年九月一二日

振出人 訴外会社

受取人 原告今川

支払期日 昭和六四年一月三一日

支払地 東京都中央区

支払場所 北海道拓殖銀行馬喰町支店

(2) 昭和六三年一〇月二八日、左記の約束手形を、原告今川に裏書譲渡したが、右約束手形が昭和六三年一二月二〇日に資金不足のために不渡となったことから、原告今川は、同額の損害を被った。

額面 二四〇万円

振出日 昭和六三年九月一〇日

振出人 エムエステキスタイル株式会社

受取人 訴外会社

第一裏書人 訴外会社

第一被裏書人 原告今川

支払期日 昭和六三年一二月二〇日

支払地 大阪市

支払場所 大阪殖産信用金庫船橋支店

(三)  被告牧が(二)(1)及び(2)記載の各約束手形を交付した際に、仮に訴外会社が支払不能であるとの事実を知らなかったとすれば、そのことについて重大な過失がある。

4(一)  被告牧は、訴外会社の代表者として、訴外会社に代金支払の見込みがないにもかかわらず、原告三京から、昭和六三年八月一日から同年一〇月三一日までの間に、別表一記載のとおり、合計金一億五八〇九万八四五九円の商品を買い入れ、この内、金九四二一万三九一〇円の商品代金を支払うことができなくなり、同額の損害を原告三京に与えた。

(二)  被告牧及び被告藤江は、遅くとも昭和六三年九月一〇日までには訴外会社に支払能力がないことを知りながら、原告三京に商品の納入を継続せしめるために、(一)記載の商品の売買代金の決済のために、同年九月一二日、左記の約束手形を、原告三京に交付したが、右約束手形が平成元年一月三一日に資金不足のために不渡となったことから、原告三京は、同額の損害を被った。

(1) 額面 一〇〇〇万円

振出日 昭和六三年九月一二日

振出人 訴外会社

受取人 原告三京

支払期日 昭和六四年一月三一日

支払地 東京都中央区

支払場所 北海道拓殖銀行馬喰町支店

(2) 額面 一〇〇〇万円

振出日 昭和六三年九月一二日

振出人 訴外会社

受取人 原告三京

支払期日 昭和六四年一月三一日

支払地 東京都中央区

支払場所 北海道拓殖銀行馬喰町支店

(3) 額面 四二〇万三八一〇円

振出日 昭和六三年九月一二日

振出人 訴外会社

受取人 原告三京

支払期日 昭和六四年一月三一日

支払地 東京都中央区

支払場所 北海道拓殖銀行馬喰町支店

(三)  被告牧が(二)(1)ないし(3)記載の各約束手形を交付した際に、仮に訴外会社が支払不能であるとの事実を知らなかったとすれば、そのことについて重大な過失がある。

5  被告藤江は、訴外会社の取締役として、代表取締役の職務執行が適切になされているかどうかを監視する義務があるのにこれを怠り、被告牧の3(一)、(二)、4(一)、(二)のような行為を漫然と放置した。

よって、原告らは、被告らに対し、商法二六六条の三の損害賠償請求権に基づき、原告今川は、各自金七四〇万円及びこれに対する被告牧については訴状送達の翌日である平成元年四月二二日から、被告藤江については訴状送達の日の翌日である平成元年四月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、原告三京は、各自金二四二〇万三八一〇円及びこれに対する被告牧については平成元年四月二二日から、被告藤江については平成元年四月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告牧

(一) 請求原因1及び2は認める。

(二) 同3(一)のうち、訴外会社が原告今川から、昭和六三年八月一日から同年一〇月二二日までの間に、別表二記載のとおり、合計金一一七五万七〇〇〇円の商品を買い入れ、この内、金七四〇万円の商品代金を支払うことができなくなり、同額の損害を原告今川に与えたことは認め、その余は否認する。

(三) 同3(二)の柱書は否認する。

(四) 同3(二)(1)及び(2)のうち、各約束手形が原告主張の日に不渡りになったことは不知、その余は認める。

(五) 同3(三)は争う。

(六) 同4(一)のうち、訴外会社が原告三京から、昭和六三年八月一日から同年一〇月三一日までの間に、別表一記載のとおり、合計金一億五八〇九万八四五九円の商品を買い入れ、この内、金九四二一万三九一〇円の商品代金を支払うことができなくなり、同額の損害を原告三京に与えたことは認め、その余は否認する。

(七) 同4(二)の柱書は否認する。

(八) 同4(二)(1)ないし(3)のうち、各約束手形が原告主張の日に不渡りになったことは不知、その余は認める。

(九) 同4(三)は争う。

2  被告藤江

(一) 請求原因1及び2は認める。

(二) 同3(一)は知らない。

(三) 同3(二)の柱書は否認する。

(四) 同3(二)(1)及び(2)は知らない。

(五) 同3(三)は争う。

(六) 同4(一)は知らない。

(七) 同4(二)の柱書は否認する。

(八) 同4(二)(1)ないし(3)は知らない。

(九) 同4(三)及び5は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右によると、被告藤江は、昭和六三年九月一〇日に退任したのであるから、それ以後の取引による損害については、賠償義務はないというほかない。したがって、原告の主張を前提にしても、訴外会社が原告らに交付した約束手形が不渡になって被った損害については、その余の点について判断するまでもなく、被告藤江は損害賠償義務を負わないというべきである。

二1 原告らは、商法二六六条の三に基づき、被告らに対して損害賠償を請求するものであるところ、同条の法意は、第三者保護の立場から、取締役が悪意または重大な過失により会社に対する義務に違反し、よって、第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り、会社が右取締役の任務懈怠の行為によって損害を被った結果、第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者に損害を生じた場合であるとを問わず、当該取締役が直接第三者に対し損害賠償の責めに任ずることを定めたものであると解される。

そして、会社の取引先が会社との売買代金を回収できないために損害を被ったとしても、その損害が経営を任された代表取締役の悪意又は重大な過失による任務懈怠によって生じたものでないときは、右代表取締役の任務懈怠と取引先の損害との相当因果関係を欠くことになり、また、代表取締役でない取締役は、代表取締役の業務の執行が適正に行われるように監視すべき義務があるが、右の義務の懈怠は、業務執行に当たる代表取締役の任務の懈怠が前提となって成立するものである。これを本件についてみると、訴外会社が原告らに交付した約束手形が不渡になって被った損害については、被告藤江が損害賠償義務を負わない以上、被告藤江が原告らに対して損害賠償責任を負うのは、被告牧に任務の懈怠が存することが前提となる。

そこで、まず、被告牧の任務の懈怠の存否について判断するが、一般に、売買代金の決済の見込みがあるか否かについては、取引の種類、代金額・弁済期等の契約条件、会社の財政、経営状態等の諸要素を踏まえ、一般的な経済情勢・景気等の外的条件の動向をも考慮して総合的に判断されるべきであって、経営の悪化が見られる状況においても、積極的な取引や資金獲得の努力によって会社の維持再生を図ることも経営上の一つの選択肢たりうるものであるから、売買代金が決済されなかったという結果があったからといって、売買契約に及んだ判断を任務違背ということはできないといわなければならない。

したがって、被告牧に任務の懈怠が存するか否かを判断するに当たっては、右の点を十分に考慮に入れて判断しなければならない。

2  <書証番号略>、原告今川代表者及び被告牧の本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告牧は、以前衣料問屋等を業とする訴外株式会社中村和商店に勤務していたが、同社が衣料問屋を廃業するに当たり、昭和六一年八月一二日、訴外会社を設立して同社の営業権を受け継いだ。

訴外会社は、昭和六一年八月一二日から昭和六二年七月三一日までの第一期の営業成績において、株式会社中村和商店から営業を承継する条件であった口座使用料の負担等のため、約一四〇〇万円の赤字を計上した。第二期においては、口座使用料等の負担は解消し、経費的には節減が図れたが、昭和六二年一〇月以降は、いわゆる暖冬のため、営業成績が捗々しくなく、また、約一八〇〇万円の赤字を計上し、累積赤字は三四〇〇〜三五〇〇万円程になった。

(二)  訴外会社においては、当時アジアニックス等と呼ばれて、近隣諸国の製品が売れていたこともあって、営業成績を上げるため、安価な韓国の製品を取り扱うことを企画し、訴外株式会社ワイドケイを経営し、韓国の製品の輸入業務等に当たっていた訴外菊地信之(以下「菊地」という。)を昭和六三年五月一日、訴外会社に入社させることとした。

そして、菊地の入社に併せ、訴外会社においては組織改革をし、被告牧を責任者とする営業部と菊地を責任者とする商事部を設置した。営業部においては、訴外会社が従前行ってきたスーパーマーケット等への営業等を、商事部においては韓国の製品の輸入、販売等を行うようになった。

菊地の訴外会社への入社に際しては、株式会社ワイドケイの昭和六三年五月以前の原告三京に対する買掛金債務を、買掛商品とともに訴外会社が引き継ぐとともに、訴外会社において原告三京との取引を開始し、原告今川との間の取引も著しく拡大した。

(三)  訴外会社と原告らとの取引は、韓国の製品に関するものであったから、主として菊地がこれに当たっていたが、原告今川と訴外会社との昭和六三年八月一日から同年一〇月二二日までの間の取引状況は別表二記載のとおりで、訴外会社が原告今川より合計金一一七五万七〇〇〇円の商品を買い入れ、また、原告三京と訴外会社との昭和六三年八月一日から同年一〇月三一日までの取引状況は別表一記載のとおりで、訴外会社が原告三京より合計金一億五八〇九万八四五九円の商品を買い入れていた。

(四)  ところが、訴外会社と韓国製品の取引のあった訴外株式会社マツオカが昭和六三年七月ころ、不渡手形を出して倒産し、訴外会社においても商品代金の支払として受け取った手形合計金約三〇〇〇万円が不渡になった(本訴に証拠として提出されている株式会社マツオカが訴外会社に振り出した<書証番号略>の不渡手形の合計金額は金一三一九万六三四〇円である。)ため、同月三〇日には、翌事業年度の目標等を検討する会議を行い、今後の経営等を検討した(<書証番号略>)。

しかし、その後、訴外会社が訴外株式会社東洋エンタープライズから売掛金の支払として受け取った手形二通(東岡山流通センター株式会社振出のもので額面合計三七四万四〇〇〇円、<書証番号略>)が不渡りとなり、株式会社東洋エンタープライズとの関係では、これを含めて約一〇〇〇万円が焦げつき、さらに、訴外会社と取引のあった訴外エムエステキスタイル株式会社が昭和六三年一〇月末日に不渡手形を出して倒産し、訴外会社が同社から支払いのために受け取っていた額面二四〇万円の約束手形(<書証番号略>)も決済の見込みがなくなった。

こうした事態を受けて、被告牧、菊地らは、昭和六三年一〇月ころ、訴外会社の経営の善処方について協議をし、昭和六三年一一月については、入金と出金のバランスがとれていることが確認でき、同年一二月についてもほぼ入金と出金のバランスがとれていることが確認できた(<書証番号略>)。

(五)  以上のような訴外会社の経営内容から、訴外会社の原告らへの支払いは次第に滞るようになり、昭和六三年一二月三一日には、訴外会社が原告三京に支払のため交付した株式会社ジェム振出の二通の手形(額面合計八四八万〇一〇〇円)が不渡となり、未処理となったが、同月三〇日が支払期日である訴外会社振出の手形二通、額面金額合計二〇〇〇万円については支払期日において決済されていた。また、同年一〇月以降に訴外会社が原告三京に支払のため交付した回手形については、資金不足、取引停止処分等で不渡になったものもあったが、支払期日に決済されたものも少なからず存した(<書証番号略>)。

3 原告らが本訴で主張する売買契約が締結された昭和六三年八月一日から同年一〇月三一日までの間においては、訴外会社においては、その取引先が手形の不渡を出して倒産する等して、次第に経営が悪化していったことが認められるけれども、なお、対外的な営業活動を続け、被告牧やその後代表取締役に就任した菊地らにおいて、訴外会社の経営の建て直しのために、その事業計画を練り、対応を協議し、同年一一、一二月についても一応の資金繰りの目処をたてていた外、その後、同年一二月三〇日にも、同日が支払期日である訴外会社振出の手形二通、額面金額合計二〇〇〇万円について、これを決済していた事実が認められるから、同年一〇月三一日の時点において、訴外会社が事実上の倒産状態にあったとは認められない。そして、1において指摘した観点に照らして考えると、被告牧は、原告らが本訴で主張する売買契約が締結された当時、訴外会社の代表取締役として業務執行に当たっており、訴外会社の財産状態を十分に認識しえたものと認められるが、被告牧本人尋問の結果によれば、右各売買は、訴外会社と原告らの、それ以前からの取引の一環としてなされ、専ら訴外会社の利益を図るためになされたものと認められ、前記認定事実によると、右各売買を締結したことが通常の企業経営者の立場からみて明らかに不合理なものとまではいうことはできないし、右各売買の締結に当たり、被告牧が違法と評価されるような欺罔行為等違法行為を用いたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、右各売買の締結について、被告牧に任務違反を認めることはできないというほかない。

4  原告らは、請求原因3(二)(1)及び(2)、4(二)(1)ないし(3)の各約束手形(以下「本件各手形」という。)の振出ないしは裏書についても被告牧の任務の懈怠を主張するが、訴外会社は前記売買契約によって既に代金債務を負担していたものであり、したがって、原告らの損害というのは、結局、売買契約に基づく代金の支払を受けられなかったことにほかならないのであるから、本件各手形の振出ないしは裏書自体によって新たな損害が発生したということはできず、本件各手形の振出ないしは裏書について被告牧の任務懈怠を考えることは相当でなく、本件各手形の振出ないしは裏書によって新たな損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。

5  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告牧に対する請求は理由がなく、また、被告牧に代表取締役としての任務懈怠が認められない以上、原告らの被告藤江に対する監視義務の懈怠を理由とする請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三結論

以上の次第であるから、原告らの被告らに対する本訴請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官深見敏正)

別表一、二<省略>

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